管理人について

名前:池田 和典(いけだ かずのり)1983年07月27日生まれ(昭和58年07月27日)。昭和に生まれたオッサンですわ。最近は肌も荒れてきたし、毛が薄くなって来たなぁ~と感じています。

MZDAOに初期から参加させていただいています。

2004年04月02日に小脳動静脈奇形というちょっと珍しい病気の中でも更に珍しい、脳内出血を起こして、意識不明の重体となり、生死の境を彷徨う事1カ月からの生還しました。意識が戻ったこともあり病名を特定するための検査をし、小脳動静脈奇形(AVM)という珍しい病気だったそうです。

その後は珍しい病気で珍しい症例という事もあってか、合計で3つの病院を渡り歩いてから、退院して本格的に車椅子生活がスタートします。色々と病院をたいけんしましたが、最後のリハビリ病院の理学療法士と病気の話になって、「カルテを見て思いましたけど、池田さん良く生きてましたねぇ~(笑)」って言われました。

色々と将来に対する不安もありますが、希望を持てるような生活をする事が今のところは親孝行になるのかなぁ。とも思っています。まぁ、なんだかんだ生きてるし、後遺症も麻痺とかじゃないので、深くは考えていません。身の回りの事も殆どは自分でやっているので、病気したころのナースとか見たら驚くだろうな(その前に僕を憶えてないでしょうけどね。)とか思ってます。

作業系の仕事は手が早く動きませんが、パソコンなどの事務系の仕事は結構できると思っています。実際はどうなのかわかりませんけど。

車椅子のマーク(白抜き)

障がい者としての経歴

2004年から「ゆうとぴあ恵愛」という身体障がい者が多い地域活動支援センターに通所していました。想像していたのとは違いました。どちらかと言うと老人ホームに入所する手前と言う感じで、どちらかというと健常者に近い人が多かったです。でも、ここで色々な身体障がい者の人を見て学んだことや感じた事もあり、それが後の考え方に繋がるのかもしれませんン。

2008年に完成し、最初から「あいさんハウス」(1期生)の就労移行支援事業所に通所します。ここは知的障がい者や精神障がい者ばかりでしたが、家の近くに障がい者施設が無かった事と、僕が身の回りのことを自分で出来るので通所できるようになりました。

「あいさんハウス」は就労移行支援事業所だったのですが、就職出来なかったのですが、同じ様な人が数名いたためなのか2011年に就労継続支援B型事業所を「あいさんハウス」が始める事になり、通所する事になりました。(また1期生)通所と言っても、同じところに通っていただけなんですがね。

しかし、就労継続支援B型事業所は賃金がとっても低いので、とてもじゃありませんが障がい者年金を受け取ってない僕からすると生活が苦しく、両親が元気な間は良いのですが、その後の事を考えると就労継続支援B型事業所ではなく、せめて就労継続支援A型事業所に通所しなければならないと思い、2016年に就労継続支援A型事業所「株式会社 プログレス」(またまた1期生)に通いますが、こちらの利用者は知的や精神の人が多くて話がかみ合わない事と、色々ともめて、退職しました。

2018年から就労継続支援A型事業所に「株式会社 あしなが」に通う事になります。人によっても違うのでしょうが障がい者でも程度も軽い人が多くて、障がい者年金を殆どの人が受給していません。軽い人が多いと言っても、身体障がい者がメインではありませんが、普通の会話が出来るところです。当時はそう思っていました。

2022年に入り障がい者のリクルートサイトのエージェントに仕事を紹介してもらい、ブラザー工業の傘下みたいな企業、「株式会社ビ―トップスタッフ」に通っています。一般企業です。何をやる会社かというと、エクシング開発部の作ったカラオケで配信する楽曲の音チェックです。細かく言えば他にもありますが、カッコいい言い方をすれば音響関係と言ったところです。この会社に入社すると、周囲はもちろん健常者ばかりです。普段の会話の中で気が付いたのは、自分の感覚がどれだけ鈍っていたかという事でした。普通の会話とはこう言う事かと思い知りました。

車椅子バドミントンのイラスト

「出来ないじゃなくて」「やらない」から変わらない

最近は回数が減って70回程度ですが、まだ20代前半~20代中盤のころまで、腹筋200回、背筋100回、腕立て伏せ50回を何年も毎日やっていました。入院中とは違いリハビリを毎日受けられるわけではないので筋トレを毎日続けていたので、最初の頃と比べると出来る事が格段に増えました。障害の程度は2級ですから、上から2番目に重い障がいです。でもいまでは、自分の責任の下でほとんどの事が出来ます。

何でもやってみる事が大事です。出来ないなら、どうすれば出来るか?僕の場合は、歩けない⇒筋肉が必要⇒筋トレで、でも、最初から腹筋200回、背筋100回、腕立て伏せ50回をやっていたわけではありません。最初はもっと少なくて腹筋は50回、背筋30回、腕立て伏せ10回程度だったので、障がいを持ってから始めたのならいきなり同じメニューはキツイでしょう。

結果、僕が歩けないのは小脳の細胞が脳内出血で殆どない事だそうです。ですが、筋トレをしていたことで色々な事が自分でできるようになるようになって、人に車椅子を押してもらったり、付き添わなければ危ないという事もなくなり、今では一人で行動できる範囲が増えました。

世の中に「車椅子(障がい者)だから、こうでなくてはならない。」そんな決まりはありません。多くの人が、出来ないと言い訳をしているでしょう。でもほとんどの場合が、自分でやってみると出来る事ばかりなんですよね。つまりは出来ないじゃなくてやらないだけです。

何でもかんでも挑戦しようとしたら、やる前から出来ない前提で話を進められるのでずっと嫌気がしてましたが、今は違います。健常者の頃よりはやれない前提で言われますが、それが少なくなってきました。

それに、国も障がい者が外出することを推奨していると思います。障がい者手帳を貰った時は知りませんでしたが、障がい者手帳があると割引されるサービスが結構あります。使えるサービスを使わないのはもったいないと思いませんか?とりあえず外に出ましょう。

下のリンクも参考にしてください。

リクルートサイトで非公開求人って?

公開されている求人って、最初から求められているレベルが高いんですよね。なので一歩構えそうですが、非公開求人は意外と高いレベルを求められることもなく、大企業が求人していたりします。大企業が好条件で求人を公開すると、志望する人が多数になり、一人一人をじっくりと審査できません。なので非公開求人の中には大企業も求人を出していることも珍しくはありません。このリンク先では非公開求人について解説しています。

職務経歴書の書き方

障がい者が中途採用で就職や転職の活動をするにあたって、履歴書よりも職務経歴書のほうが重要だったりします。ですが、職務経歴書について知らない障がい者って多いんですよね。このリンク先では職務経歴書の書き方について解説しています。

履歴書の書き方

履歴書ってきちんとした書き方があるのを知っていましたか?とりあえず自己流で書いていませんか?履歴書の書き方って意外と知らない人多いんですよね。このリンク先では履歴書の書き方について解説しています。

大切なのは見た目(具体的な身だしなみ)

人は見た目じゃないとか言いますが、採用面接などでは見た目にその人の9割以上が現れます。単純に容姿の良し悪しではありません。ここでいう、見た目から相手に与える印象の事です。社会人にとって見た目はその人を判断する材料の一つです。このリンク先では具体的に見た目を良くする方法を解説しています。

会社を辞める時(退職願・退職届・辞表は使い分けよう)

入社する事ばかりを考えていますが、新卒採用されて、定年まで一つの会社に勤めるという人は少ないでしょう。というかほとんどいないと思いますし、それは障がい者雇用でも同じです。そして、退職願、退職届、辞表って意味は似ていますが使い方がまるで違います。このリンク先では3つの違いについて解説しています。

障がい者が健常者と付き合うには

障がい者は同じ障がいをもった障がい者同士でしか交際できない。なんて勝手に思っていませんか?そんなことはまったくありません。このリンク先では障がい者が健常者と付き合うにはどうすれば良いかについて解説しています。

大地震に備えて

大地震はどのタイミングでやってくるかわかりません。地震なんて起こらないと言われていた地域で大きい地震があったり、いつきてもおかしくないと言いながら、早くも30年が過ぎている地域もあります。それでも、地震が起こったときに心構えをしておくのと、しておかないのではかなり違います。人間が生きていくのには「水」が一番重要です。このリンク先では大地震に備えて便利な道具について解説しています。

障がい者でも意外とモテる方法

障がい者でも色々な人がいます。障がい者の中にも普通にモテる人もいます。このリンク先では障がい者でも意外とモテる方法を解説しています。つまり、障がい者とか健常者とか関係ないって事なんですけどね。

あとがき

車いす生活や施設に入所したら人生詰んだとか諦めていませんか?僕はグループホームなんかも経験しましたが、人生詰んだとは思わないで毎日楽しんでましたし、時間が余っている朝は筋トレも続けていました。

そして、現在はグループホームを退所して母と住んでいるのですが、次は一人暮らしをしようと思っています。いつになるかはわかりませんが、5年以内には実現出来たらよいと思っています。

出来るだけ、やれることはすべてやり切りたいと思います。なぜそう思うのかですが、人間は歳を取って死ぬときに若い頃に挑戦しなかったことを悔やんで死ぬ人が多いようです。そうなりたくないので、出来る挑戦はやれるだけやりましょう。

車いすでも国会議員、作家、天才と言われる物理学者、ホスト、お笑い芸人がいます。車いす利用者になったなんて壁が一つ増えただけです。諦めるのは凡人であると自分で認めるようなものです。なので、僕は人生をあきらめようとは微塵も思っていません。

 

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